『マネたら、もう本人』〜「本人遺産」 南 伸坊(著), 南 文子(著), 文藝春秋〜

幼稚園の頃、担任の先生の似顔絵を描く時間があり、私の絵がとても良く描けていると先生に褒められことがあった。今思えば、お姫様風にデフォルメしたり、へのへのもへじ風に描く園児が多い中、私は少し角張っていて親近感をおぼえる先生の顔をなるべく忠実に描いたからだと思う。

「本人遺産」 南 伸坊(著), 南 文子(著), 文藝春秋

調子が良くて園児に人気のある先生たちは入社してもすぐ結婚し辞めていったが、先生は比較的長く仕事を続けられ、同僚である体育の先生と遅めの結婚をされたと記憶している。私は筋が一本通った厳しさのある先生が好きだった。「もう一枚描いて」と頼まれ、母と先生が見守る中、描いた絵は一枚目ほどはよく描けなかった。しかし先生はその絵をじっと見ると、黙って頷き、受け取ってくれた。

さて、本冊は南伸坊・文子夫妻の『顔に描いた似顔絵「本人術」シリーズ』完結編(2021年発行)』である。4年も経つと(現在2025年)、登場人物によっては懐かしさをおぼえてしまう。

南氏の定説に顔が似ている人は考え方も似ている、というものがあるが、顔マネと同時に中身まで力技で似せてしまっている感がある。そして読んでいるうちに南氏によるなりすまし(といっても、いいなりすまし)コメントにもかかわらず、モノマネされている方ご本人の声で再生されてくるから不思議だ。

特に秀逸なのが小保方晴子氏。顔マネも似ているのだが「コピペで十分なところはコピペで十分だと私は思います。大概の方は考え方がコピペですけどね!」「今までにない新しいアイデアを出せるかどうか? それが科学者でしょう?」のセリフは当時の騒動の本質をついている気がして感心してしまう。おぼちゃん元気かな。また似せ方のアイデアにもうならされる。室伏広治氏の首を段ボールでみせるとか。

顔認識の技術で判別の要となる部分は目の間の距離など『目まわり部分』とその道の専門家に聞いたが、人間が顔マネをする場合それらしく見せるには「眉」「口元」「髪型含め輪郭(服装もそこに含めてもよし)」もかなり重要なのだな、と本書をみていると思う。

最終項の東海林さだお氏との対談で、南氏が脳科学者・松本元先生の説『人間がなにかを面白いと思うのは入力された情報を処理するとき。そこに快感が介在する』を引用されているが、であるならば、モノマネの面白さはマネする人のセンスやアイデア人間性がモノマネを通してみえるからかもしれない。ガンバレルーヤのよしこのモノマネ、みんな好きだと思うし。

などなど連想はキリがないが、単純に南氏の顔マネを見るだけでも声が出るほど笑ってしまう良書であることを最後に付け加えておく。