この世に生きる人は皆、己のプライドを守るため多かれ少なかれ武装している。化粧や髪型、ファッションなどの外観だけでなく、経歴、居住地などその範囲は多岐多様にわたる。また、あからさまな武装をしない、というのもひとつのスタイルだろう。
「ナンシー関の記憶スケッチアカデミー」ナンシー 関 (著, 編集, イラスト), 角川文庫
会った瞬間にその人となりがわかる、ということはあるだろうが、その域に達するまでのショートカットは存在しない。膨大な学習が必要なのは人間もAIも一緒なのだ。
ではここで、誰かに突然『カエルを描いてみてください』と白い紙と鉛筆を手渡されたらどうだろう。 己の脳内でぼんやりと存在している「カエル」を手繰り寄せ、鉛筆と手で浮かぶイメージを念写するように描いていく。するとどうだろう。そこに浮かび上がってくるのはいつのまにか描いている、その人そのものなのである(カエル似のその人、という意味ではありません、念のため)。
この本には、与えられたお題を記憶のみに頼って描かれた絵が名前、年齢と属性だけで陳列されており、なかなかみることができない市井の人々の頭の中をのぞき込むことができる。そこには体裁もなにもない。ただただ描いた人の記憶力とアイデア、個性がある。そしてときに狙っていないのに涙が出るほど面白い。人間っていいな、かわいいな、と素直に思えてしまうから不思議だ。
『記憶スケッチアカデミー』理事長のナンシー関氏はいうまでもなくスペシャルな洞察力とコメント力の持ち主である。 本書では彼女の才能が本来の土俵のテレビを飛び出して街の人々へいかんなく発揮されている。彼女のコメントはここでも秀逸で、鋭く優しく面白い。ユーモアのある慈愛とでもいうのだろうか、だからといって湿度はけして高くない。根底には痛快なPOPさがある。
各項目の最後にナンシー関氏による各お題の記憶スケッチがあるのだが、当たり前だがヒジョーにうまい(ちょっと違っていてもなんだか愛嬌がある)。いとうせいこう氏は私にとってインテリジェンスあふれる文化人イメージなのだが、巻末のイラストでいっきに親しみをおぼえしまった(褒めてます)。絵のもつ力ってスゴイな。 ナンシー関氏はほんとうに稀有でサイッコーな才能をお持ちの方だったんだなぁと感動をおぼえる一冊である。